宇佐美と朗峰会館と父

11月28日に宇佐美地ビール農園レストランでのチャリティ・コンサートで演奏してきました。
私達は伊豆が大好きで、結婚後は年に数回は熱海から下田までアチコチ泊まり歩いてきました。昨年からCVAのM氏を通じFM伊東のパーソナリティの方々と知り合いになり、仕事でも伊豆に頻繁に行くようになりました。
いつも言う事ですが、伊豆には海があり、山があり、美味しい食べ物があり、温かい人達がいます。
その大好きな伊豆、特にご縁の深い伊東市内や宇佐美が台風の被害を受けたという事で、何かお力になれないかとカレーショップDeriDeriの田中さんとFM伊東の方々にご相談しチャリティ・コンサートが実現しました。
FM伊東やCVA、伊豆新聞でも告知していただいたようで、予想以上に多くの方々にお越しいただき、予想以上の義援金のご寄付をいただきました。本当にありがとうございました。
コンサートの方は「太陽がいっぱい」「星に願いを」から新曲の「月は光りぬ」まで、温かい雰囲気の中で気持ちよく演奏させていただきました。

12月3日には池上・本門寺内の朗峰会館でunoとしての今年最後のコンサートを行いました。
池上はuno兄が生まれ育ち40年も住んだ町です。本門寺さんにも、夜中に友達とギターを持ってコーラスの練習に行ったり、子供の頃は裏手にある車坂を自転車で駆け下りたり等々、沢山の思い出があります。そんな本門寺さんで、多くが顔見知りの方々の前で思い切り、そして実に楽しく演奏させていただきました。
いやーっ、故郷はやはり良いなー!

今年は念願のCDも発売し、ライブも数多く行いました。多くの方々に熱い応援をいただきました。本当にありがとうございました。
来年も2枚目のCDも予定しております。ライブも定期的にやっていく予定です。来年も頑張って行きますので、どうぞよろしくお願い致します。

父の事
父が11月6日に他界致しました。78歳でした。父は水道屋を何と!52年も勤めた上げた人でした。何十年も前にやった仕事がいまだに故障知らずと言う話を聞きましたが、まあすごい職人でした。水道の工事は是非父に、という指名も多かったと聞いています。
実は僕が小さい時は父の仕事が嫌いでした。だって毎日泥だらけで帰ってくるんですから、サラリーマンのお父さんの友人が羨ましかったんです。家族旅行なども数年に一度、奈良は吉野の田舎に帰るぐらいでしたし。
でも中学ぐらいから夏休みや冬休みのアルバイトで父に付いて行くようになって、考えがガラッと変わりました。本当に一生懸命、真面目に、手を抜かず仕事をしてるんです。
水道の仕事は穴を何十メートルも掘り、ドリルでコンクリートをハツりと、実に大変な重労働です。しかも洗面器や便器は瀬戸物で少しのショックで割れるので繊細さも必要です。
こんな大変な(でも人の役に立つ)仕事をして家族を養ってくれていたんだな、いつでもどこでも手を抜かず一生懸命やるんだな、凄いな!と思いました。
仕事には厳しかった父ですが、仕事以外ではとてもとても優しかったです。一度だけ僕が母に八つ当たりした時に「お母さんに向かってその言い方は何だ!」と怒られたきりで、散々反抗もしたと思いますが殴られた事もありません。
unoの最高の応援者でもあり、2年前に体調を崩した後も、いつでもどこでも応援に来てくれました。仕事が趣味の様な人で音楽などもほとんど聞かなかったと思いますが、いつもニコニコと拍手をくれていました。他人の喜びを自分の喜びと感じられる人でした。
これからも 父に負けないよう、いつでもどこでも何にでも一生懸命頑張りたいと思います。ありがとうございました。

Shige

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