先日unoはにっぽん丸で、、タヒチ~イースター島~チリ~ペルーという航路の区間で演奏しました。そして下船したペルーで帰りの飛行機の便を数日遅らせて観光しました。
最初は「マチュピチュ~チチカカ湖~ナスカの地上絵~」等と喜んでいましたが、まずクスコの市内観光をしました。そのクスコがもの凄く衝撃的で、遺跡を見る度に涙が止まらず、町並みにいるだけで、悲しくて悲しくて、、、(最終日のナスカの地上絵をキャンセルしてしまう程)
クスコで見た不思議な石組みの間から流れる湧き水。何処からこの湧き水が流れているのか分からないそうです。私は勝手に「インカの涙」だと思っています。
またクスコのある洞窟では体が酔っ払っているような、踊っているような、どうにもコントロールが出来なくて、どうしちゃったんだろう?という状態にまでなってしまう程、クスコ全ての場所で血生臭い悲しみを感じました。
しかも!unoは「ニュー・スパニッシュ・デュオ・uno」という形で演奏しているのに、このインカ文明をスペインが侵略してメチャクチャにした!という事にショックを受けて、愛するスペイン音楽が嫌いになってしまうかも?と怖かったです。(2ヶ月くらい微熱が続く程)そして皮肉な事に大好きな町「スペインのトレド」が、「ペルーのクスコ」と重なりました。
未だにあちこちで続いている戦争。でも私は実体験したわけではないので、頭だけで 「戦争は絶対にあってはならない」と思っていたのですが、いまだに大地震が起きても崩れない「インカの石組みの芸術性」、「インカ語の素晴らしい響き」その他にも沢山素晴らしい文明の大部分がスペインによって破壊されて、そのインカに心が入り込みすぎたのか、まるで戦争を体験してしまったような、ショックが体に入ってしまいました。
1人1人の尊い命の大切さ、想い、人生、絆、信念等、考えさせられました。
でも愛するスペインの非道をペルー(インカ)で見た事は、unoにとって意味のある事だったのかもしれません。
新しい文化を認め負の歴史を許容し、未来に希望を繋ぐ。
そしてインカで学んだ事を音楽で伝えたい!と強く思いました。
微熱の間中、インカで感じた事を作曲しました。
その曲が【そしてインカは~】
インカ語でマイタ(お父さん)タイタ(お母さん)パカリンカス(さようなら)、でもその言葉を子供が言ってしまったらスペイン人に殺されてしまうかもと思い、「ノン、スイ、アディオス」と命がけで最期に子供にスペイン語を言った。そんな想像をしながら作曲しました。
でもまだ微熱が続き「そしてインカは~」「第二楽章」「第三楽章」と作曲しているうちに体が少し楽になりました。自然にメロディーが湧き出てくるので、何楽章まで続くのかわかりません。
そして先日(9月15日)TVKから「そしてインカは~」の第一楽章が[JUST JAPAN]のエンディングテーマに決まりました、と連絡を頂きました。
あまりにも急な話でしたので、まさか?と驚きました。しかもオンエアは10月からです。
まだCDにもなっていないのに、しかも全国から沢山の曲が送られて来る中(勿論、強敵音楽事務所やメジャーレーベルもいるのに)出来たてホヤホヤの曲が選ばれるなんて!凄く嬉しかったです!!
「そしてインカは~」のインカへの想い、また遺跡を通して教えてくれた・戦争の悲惨さ・自然破壊・生命の尊さ、、【宇宙から地球に対するメッセージ】を音楽を通して私なりに感じた事を伝えていきたいと思います!
Satomi
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